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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)105号 判決 1997年1月31日

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告東京都世田谷区議会議長が平成八年三月九日にした同区議会の「社会民主党世田谷区議団」幹事長(代表)高橋忍名義の同日付け会派解消届の受理処分を取り消す。

二  被告東京都世田谷区議会議長が平成八年三月九日にした同区議会の「社会民主党世田谷区議団」幹事長(代表)高橋忍名義の同日付け会派結成及び役員届の受理処分を取り消す。

三  被告東京都世田谷区長が平成八年四月五日にした前項の会派に対する政務調査研究費交付決定処分を取り消す。

第二  事案の概要等

一  本件は、東京都世田谷区議会議員(以下「区議」という。)であり、同議会内会派である社会民主党世田谷区議団(以下「旧会派」という。)に所属していた原告が、旧会派所属の他の区議が旧会派の解消届並びに原告を含まない点を除き旧会派と構成員、名称ともに同一の会派(以下「新会派」という。)の結成及び役員届を提出したのに対し、被告東京都世田谷区議会議長(以下「被告議長」という。)が右各届けを受理し、被告東京都世田谷区長(以下「被告区長」という。)が新会派に対して政務調査研究費を交付する決定をしたことにつき、被告議長による右各受理行為は旧会派の解消が原告に無断で行われ無効であることを故意に無視した点で違法であり、被告区長の交付決定も右違法な受理行為を前提にされた違法なものである等として、被告らによる右各行為の取消しを求めて出訴した事案である。なお、被告らは、右各行為は取消訴訟の対象となる処分には当たらず、また原告にはその取消しを求める原告適格もないとして、本件訴えの却下を求めている。

二  本件訴訟に至る経緯(当事者間に争いのない事実等。なお、書証によって認定した事実については、適宜書証番号を掲記する。)

1 原告は、平成七年四月二三日に行われた世田谷区議会(以下「区議会」という。)議員選挙において日本社会党(当時)所属として立候補して当選し、以後現在に至るまで区議である。

2 原告は、当選後、日本社会党に所属する他の三名の区議と「日本社会党世田谷区議団」という名称で旧会派を結成し、平成七年五月二日、幹事長を高橋忍、副幹事長を桜井征夫、政調会長を唐沢敏美、会計を原告として「会派結成及び役員届」を区議会事務局長に提出し、受理された(旧会派は、日本社会党が社会民主党に党名を変更したことに伴い、平成八年二月一日、名称を「社会民主党世田谷区議団」に変更し、その旨を被告議長に届け出た。)。

旧会派は、議会運営委員会に委員を送り出すとともに、本会議における代表質問権を獲得した。また、旧会派は、政務調査研究費(以下「研究費」という。)の交付申請を行い、平成七年五月以降、毎月月額八八万円(議員一人当たり月額二二万円)の交付を受けていた。なお、旧会派内には、その成立及び消滅等について定めた内部的な規定額は存在していなかった。

3 旧会派は、区議会では与党的立場にあったが、原告は、平成七年度補正予算案中の小田急線連続立体交差化事業に係る区の負担金一九四〇万円につき、区が推進する小田急線の高架化による同事業の推進に強く反対し、地下化による推進を目指す立場から、平成八年三月一一日の本会議では反対の討論をすると主張していたため、与党として右予算案に反対することはできないとする旧会派内の他の区議との間で意見の不一致が生じていた。

4 平成八年三月九日、原告を除く旧会派内の三名の区議は、幹事長である高橋忍名義で、同日をもって旧会派は解消した旨の会派解消届と、高橋忍、桜井征夫及び唐沢敏美を構成員とする新会派「社会民主党世田谷区議団」を結成した旨の会派結成及び役員届を被告議長に提出し、被告議長は同日、右届けを受理した(右各届の受理を総称して、以下「本件受理行為」という。)。

また、同日、高橋忍は、旧会派の解消を理由として、政務調査研究補助金補助事業変更・中止・廃止承認申請書を被告区長に提出し、同月一一日に受理された。

5 被告区長は、新会派が被告議長を経由して行った世田谷区補助金交付規則(昭和五七年五月一五日規則第三八号、以下「本件規則」という。)及び世田谷区議会における各会派に対する政務調査研究費の交付に関する規程(昭和三五年一二月一日訓令甲第一四号、以下「本件規程」という。)に基づく研究費の交付申請を受け、平成八年四月五日にその交付決定を行った(以下「本件交付」という。)。

なお、原告は、平成八年四月二三日、旧会派代表代行との肩書の下に、被告区長に対して旧会派への研究費の交付申請をした。

6 本件規則は、補助金(地方自治法二三二条の二に基づく補助であって、区以外の者の行う事業等に対し、財政上の援助を与えるために交付する現金給付をいう。以下同じ。)の交付に際しては、あらかじめ申請者に申請書を提出させ(二条一号、五条)、右申請に係る補助金の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか等を調査し、補助金を交付すべきものと認めたときは、速やかに補助金の交付の決定をしなければならない(六条)としている。また、本件規程は、区議が会派を結成したとき等には、その代表者は会派の名称、所属区議の氏名等を議長を経由して区長に届け出るものとし(七条)、区議会における各会派の区政に関する調査研究の推進を図るための各会派に対する研究費は、区長に届出のあった会派に対して交付し、区議には交付しない(一、二条)としている。

区議会の先例によれば、交渉団体としての会派は原則として四人以上の所属区議を必要とし、その結成は会派の所属区議の連署により、会派の名称・所属会派の変更は会派の幹事長により、それぞれ文書で議長に届け出るものとされている。

第三  争点に関する当事者の主張

本件では、本件受理行為及び本件交付の取消しを求める原告の訴えが適法か否かが争点となっているところ、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

一  本件受理行為の取消しを求める訴えの適法性

1 原告の主張

本件規程は、区議が会派を結成したときは、その代表者が議長に会派結成届を提出するものとしており、議長は右結成届が所定の条件を充足しているかどうかを審査することとしている。そして、議長の判断によって右結成届が受理された会派については、同会派から研究費に係る交付申請が提出された場合、区長は無条件に研究費を同会派に交付する慣行となっているのであるから、受理・不受理の判断を通じて事実上研究費の交付については議長に決裁権が与えられているものといえる。また、区議会においては、議会運営の便宜等のため、届け出られた会派の所属区議の数が四人以上の場合、右会派に対していわゆる交渉会派の資格が付与され、同会派所属の区議は、交渉会派としての資格において、議会運営委員会の委員に選任される機会や、議会における代表質問権等が付与されることとなる。

加えて、旧会派は、その会派結成届が議長に受理されたことによって、単なる任意の団体から、いわゆる交渉会派としての権限及び権益を認められた公益を目的とする権利能力なき社団に変質したものであるところ、旧会派の解消届は、原告に何らの連絡もないままに提出された点、旧会派の各区議が負う社会民主党の規約及び慣例に従って会派を結成すべき義務に違反した点で明らかに無効であるから、私法上は社団たる旧会派がなお存在するにもかかわらず、原告が平成八年四月二三日付けで旧会派に対する研究費の交付申請をしたところ、既に同一名称の会派の届出がされているとの理由でその受理を拒絶されたことからも明らかなように、原告は本件受理行為によって旧会派の所属区議としての権限及び権益を否定されており、その法律上の権利義務に重大な影響を受けているものといえる。

このように、被告議長による本件受理行為は、これによって会派に対する種々の権限、権益に影響を及ぼす行為であって、処分性を有する行為であることは明らかであるし、原告は、その取消しを求めるについての原告適格を有するものというべきである。

したがって、本件受理行為の取消しを求める訴えは適法である。

2 被告議長の主張

議長は、区議会の事務を統理するという地位(地方自治法一〇四条)にあることから、議会における任意の集団である会派について事実関係を把握する等の事実上の便宜のために各種の届出を受け付けているにすぎないし、本件規程に基づく会派届は研究費の交付のための手続であって、議長に対する右届出とは全く別個の手続であり、これらは法令によって与えられた権限に基づく行為ではない。また、本件受理行為は、何らかの法的効果を発生させるものではなく、公定力を有するものでもない。よって、本件受理行為は、抗告訴訟の対象となるについて必要な処分性を有しない。

加えて、本件受理行為が何らの法律効果も有しないことからすれば、原告に何らの法律上の不利益をも与えないことは明らかであるし、新会派の会派結成及び役員届を受理した処分についていえば、新会派の結成に原告は関与してもいないのであるから、原告にはその取消しを求めるについての原告適格がない。

したがって、本件受理行為の取消しを求める訴えは不適法である。

二  本件交付の取消しを求める訴えの適法性

1 原告の主張

研究費は、区民の税金によって交付される補助金であり、民法上の贈与のように、贈与するについての意思決定を区長の全くの任意、恣意に任せているものではなく、本件規程等の文言及び昭和三五年以来の交付の慣行上、区長には会派に対して研究費を交付しない旨の決定権が存在しないのであるから、会派には研究費の交付を受ける権利ないし利益が法律上保障されているものといえる。よって、会派が結成され、議長が右会派に係る結成届等を受理した場合には、区長としてその給付をしなければならないのであり、右給付の決定が公権力の行使に当たることは明らかである。

また、本件交付は、これによって旧会派に対する研究費の交付を否定し、原告による研究費の利用を不可能とする効果を有するものであるから、本件交付が原告の権利義務に消長を及ぼしていることは明らかである。

したがって、本件交付の取消しを求める訴えは適法である。

2 被告区長の主張

研究費は、補助金として交付されるものであって、その法的性質は民法上の贈与であり、その交付を決定する行為は公権力の行使に該当せず、抗告訴訟の対象とはならない。また、原告には、自己の属しない新会派に対する本件交付の取消しを求めるについての原告適格はない。

したがって、本件交付の取消しを求める訴えは不適法である。

第四  当裁判所の判断

一  争点1について

1 本件受理行為の取消しを求める訴えは取消訴訟として提起されているが、右訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条一項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される。

2 これを本件についてみるに、被告議長に対する会派の届出には、先例に基づき被告議長を名宛人とする設立、変更、消滅等の届出と本件規程に基づき被告区長を名宛人とする研究費の交付申請のための届出があるところ、《証拠略》によれば、原告の主張に係る本件受理行為とは、区議会の先例に基づいて被告議長に対し旧会派がその解消届を届け出た行為及び新会派がその結成及び役員届を届け出た行為であると解される。そして、右各届出の要件及び効果等を定める根拠法規は見当たらないから、右先例は、議長が議会における事実関係を把握し、会派に対して種々の便宜を図ること等を目的とする事実上の届出であるものと認められる。

したがって、本件受理行為は、原告その他の者の法的地位に直接影響を及ぼすことはないものというべきである。

3 この点につき、原告は、被告議長の判断によって結成届が受理された会派については、区長が事実上無条件で研究費を交付する慣行になっていること、区議会においては、四人以上は会派な議長に届け出ることによって交渉会派として種々の便宜を享受できること等からすれば、本件受理行為は処分性を有すると主張する。

しかしながら、会派が議会活動上の種々の便宜を得られるのは、会派が区議の同志的集合体として、議会の円滑な運営に資すること自体に根拠があり、右各届出は被告議長がその前提として事実関係を把握するために慣行として行われているにすぎないのであって、会派届が受理されれば同志的集合体でない集団が会派となったり、会派届が不受理となったことで同志的集合体としての活動が禁じられるものではないから、右各届出が会派に対する種々の便宜供与の機縁となることはあっても、これが何らかの法的効果を有すると解すべき余地はない。

さらに、原告は、本件受理行為は、旧会派が依然権利能力なき社団としての私法上の実体を有するにもかかわらず、原告がその構成員として当然に享受すべき各種の権益を阻害する効果を有していることからみて、これが処分性を有することは明らかである旨も主張する。

しかしながら、本件において、会派解消届が虚偽であって、依然として旧会派が同志的集合体としての実質を有していたのであれば、旧会派幹事長において、その旨を議長に届け出れば足りることであり、あるいはその後に旧会派が区議の同志的集合体としての実質を回復したのであれば、旧会派の構成員全員による再度の会派結成届を被告議長に提出することができ、被告議長はこれらの届出の受理を拒み得ないものというべきであるし、旧会派が将来においてかかる措置を採る可能性がないとすれば、それは旧会派がその実質を失ったこと自体に起因するのであって、被告議長による本件受理行為が公定力を有するためとは解し得ないのである。なお、会派は、選挙民の信託を受けた議員がその政治的信条に従って結成する同志的集団であって、議会活動という公益を担うと共に、議会活動においては研究費の受領等の主体となり得るものであるが、会派の右性質に対応して、議員個人には会派への参加、脱退の自由が保障されているべきものであり、議員の政治活動のための同志的結合こそが会派の実体を基礎づけることからすれば、その解散について直ちに民法の社団に関する規定が準用されるものと解することは困難であり、旧会派の分裂、解消に至るまでの手続に不適切な点があったとしても、会派解消届について会派内部の手続的正当性を被告議長が審査して、受理の許否を決すべきものでもない。そして、第二の二3において摘示した事実によれば、旧会派は、区議会における平成七年度補正予算案に対する対応等を巡って対立し、本件受理行為当時、もはや同志的集合体として存続し得なくなっていたものと認めざるを得ないから、原告が旧会派の構成員としての便益の享受を阻害されている根拠は、本件受理行為ではなく、旧会派の実体が消滅したこと自体に存することが明らかである。

したがって、原告の右主張もまた失当である。

4 なお、仮に原告が取消しを求める本件受理行為が本件規程に基づく被告区長への提出行為であったとしても、《証拠略》によれば、本件規程は会派の活動に公益上の必要(地方自治法二三二条の二)を認め、届出があった会派に所定の研究費を交付するというもので、右届出も会派の状況を把握して研究費の交付を適切に運営するための手続的便宜に出るものと認められるのであって、その受理行為によって旧会派の解消及び新会派の結成の効果が生じるものではなく、右受理行為に公定力があるものでもない。よって、届出に係る旧会派の解消及び新会派の結成が虚偽であり、旧会派が同志的集団としての実体を保持しているというのであれば、右受理行為を取り消すまでもなく、その代表者からその旨を届け出れば足りるから、右受理行為を抗告訴訟の対象たる処分ということはできない。また、原告がした旧会派への研究費の交付申請は受理されなかったことがうかがえるが、これは旧会派の代表者からの解消届及び新会派の結成届の受理後であったことから、これらに矛盾する届出として受理がされていないにすぎず、このことをもって被告議長の本件受理行為に処分性があるということはできないのである。

5 以上によれば、本件受理行為は処分性を欠く行為であることが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件受理行為の取消しを求める原告の訴えは不適法であることに帰する。

二  争点2について

1 原告は、本件交付の取消しを求めるが、原告は新会派に所属するものではなく、また、個人として研究費の交付を受ける地位にはないのであって、新会派に対する研究費の交付が原告の権利、利益を侵害するものとはいえないし、新会派に対する研究費の交付が取り消されることで原告に当然に研究費が交付される関係にもないから、仮に本件交付に処分性が肯定されるとしても、原告は、右取消しを求める原告適格を有しないというべきである。

さらに、原告が旧会派の代表代行として行った研究費の交付申請が受理されていない点についても、被告区長としては、会派の実体をなす同志的結合の内容、真否を審査することができないことから、議員の良識による届出に依拠して補助等の要否を判断しているにすぎないのであって、右交付決定の当時に旧会派が同志的集団としての実体を保持していたというのであれば、その代表者からその旨を届け出て手続の是正を求めるべきものであるし、旧会派が同志的集団としての結合力を失ったがゆえに右是正措置を採ることができないとすれば、これは旧会派内部の問題であって、そのことから原告に新会派に対する研究費の交付取消しを求める原告適格が生じるものでもない。

2 なお、地方自治法二三二条の二は、地方公共団体はその公益上必要がある場合において補助等をすることができる旨規定しているところ、これによれば、公益上の必要を満たす限り、本来地方公共団体は同条所定の補助等を行うかどうかについて意思決定の自由を有するから、同条による補助金の交付の法的性質は民法上の贈与と解すべきである。そして、《証拠略》によれば、本件規則は、会派の活動に地方自治法が要求する公益上の必要性を認め、補助金行政の公平性を確保する見地等から、補助金の申請に対する応答の手続的要件を規定したものと解される。よって、右贈与につき契約上の効力が生じた場合にその履行請求権が生じることは格別、会派には研究費の交付を受ける権利が法律上保障されているものとは解されないから、本件交付に処分性を認めることはできない。

これと異なる原告の主張は、本件規程が行政の内部準則であって、国民の権利義務の内容を直接規定するものとは解し得ないこと、国の補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に基づく負担金の交付決定等とは異なり、国民の側で研究費の給付を求めるべき手続的権利が認められているものと解する余地はないことに照らして、採用することができない。

3 したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件交付の取消しを求める訴えは不適法であることに帰する。

三  以上のとおりであるから、本件訴えはいずれも不適法なものであるので却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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